時言時論
   
「医療は経済」であってはならない 
 
会長 池 田 琢 哉
     
            ご記憶の方もいらっしゃるだろう。昨年12月の経済財政諮問会議で、民間議員の一人が次のような発言をした。「来年は2年に一度の診療報酬改定に向けた検討が具体化する。費用対効果をしっかり検証する観点から、院内、院外処方の作り方、技術料の作り方についてもしっかり議論させていただきたい」。
 日医は、この議員の発言に対して、「医療に対する経済の理論を強めてはならない。国民に必要な医療を提供するには、財政の立場のみで議論することは、言語道断である」と、強い言葉を使って、すぐさま反論した。本来、診療報酬の議論の場は中医協であるべきである。それを財政諮問会議に移すような発言は到底看過することはできないし、医療費を費用対効果のみで評価することがあってはならない。
 このところ経済至上主義の傾向が強まり、政府主導の審議会での社会保障に対する厳しい議論が続いているだけに、日医が危機感をより強く持っていることがわかる反論だと感じた。
 少子高齢化が同時進行するという、我々が体験したことのない社会を安心、安全に生きて行くうえで、医療、介護、教育、子育ては、国が最優先に取り組む政策であることは、論を待たない。これらの充実を切望する国民に、行政はこれからどう応えていけばいいのだろうか。
 子育て支援の一例にすぎないのかもしれないが、千葉市では中学3年生までの医療の自己負担額は、通院が一回500円、入院は一日300円で済む。また、北海道の南富良野町では、22歳までの医療費は無料。進学のために親元を離れ、町外に出た学生も対象にしている。全国的にも注目されている子育て支援策だが、財政の厳しい地方都市がこれほどの助成を行う背景にあるのは、子育て世代の定住と、この支援策を知って移住してくる若い世代に期待しているからだろう。現に、千葉市は人口が増えている。
 医療など社会保障分野への「優先投資」が、地域の再生や活性化に繋がることだってある。今は、物を作っても売れない、物余りの時代だ。となれば、これからは、創造的発想による製品、国民が欲しがる製品を産み出さねばならないだろう。と同時に、購買力を持つ層を増やすことも求められる。例えば、鹿児島県もそうなのだが、サービス産業である、医療・介護・福祉分野の慢性的人手不足を解消するための、働き易い環境をつくり、給与面でも配慮できれば、確実に購買人口を増やすことが出来る。
 多くの若者が県外に流出していく我が県にとっては、医療関係分野への「投資」こそが、人口減少の歯止めとなり、一方で物を買う人も増えると確信しているのだが、いかがであろうか。
 いやな言葉だが、下流老人、貧困女子、さらには健康格差といった、格差社会を取り上げるメディアが目立ち、子どもの貧困にどう向き合えばいいのかが、様々な場面で議論されている。そんな状況のなか、介護にも混合介護なるものが議論されようとしている。我々が取り組んでいる「地域包括ケアシステム」は、高齢者や要介護者・障がいを持つ方々に「格差」をつけることなく、安穏な人生を送ってもらうための、重要なシステムであり、行政による予算の重点配分なども必要であろう。
 「経済第一主義」の政治のなかで、人々の命や暮らしになくてはならぬものが削られ、まさに「費用対効果」で、全てが処理される社会になっていいはずがない。社会保障費を抑制する動きが年々強くなり、賃金の低い若者が増えている一方で、大企業には、370兆円とも言われる内部留保があるとされる。ここらで少し立ち止まって、国の目指すべき方向や国の責任、国民のための最優先の課題は何かを考えてみてはどうだろう。
 日医の医療政策会議の今回の会長諮問は「社会保障と国民経済〜医療・介護の静かなる革命〜」がテーマだ。私は委員をしているが、第一回の会議で次のように発言した。「国民は今将来に対して非常に不安を抱いている。将来どのように生活していけばよいのか、ということが見えていない状況にあるからだ。我々医療人としては、社会保障における医療の在り方というものを、『こうすれば、国民は安心しますよ』という方向に持っていかなければならない」。
 それは、「国民が安心して暮らせるには、働けなくなったときに、国が守ってくれる制度がしっかりしていなければならない。そのためには、医療、教育、福祉、年金・子育てなどの社会保障を安心して享受できるシステムが必要であり、それを実現するのが、政治の役目ではないか」ということでもある。
 日本を代表する経済学者の故宇沢弘文先生は、その著書「社会的共通資本としての医療を考える」のなかで、「医を経済にあわせるのではなく、経済を医にあわせるのが、社会的共通資本としての医療を考えるときの基本的視点である」と記した。日医は、今回の民間議員の発言に対する意見表明のなかで、先生のこの言葉を引用した上で、「医療は儲けを基準とする市場的メカニズムに任せるものであってはならない」と論じている。
 我々は今後もこの姿勢を堅持しながら、医師会綱領にもあるように「国民とともに安全・安心な医療提供体制を築く」ことに、努めなければならない。
 「費用対効果」を掲げての、財政当局による来年度の診療報酬・介護報酬同時改定に向けての牽制はすでに始まっている。となれば、我々も「経済と医療」についての現場からの声を、中央に届ける責務がある。断じて「医療は経済」ではない。