時言時論
   
かかりつけ医と社会的処方
-全世代・全対象型地域包括ケアの実現-
 
  鹿児島県医師会長 池田哉   
   
          
 「地域包括ケアシステムをどのように活用し、多元的な参加型社会構築によって、いかに少子化に歯止めをかけるかが課題である。」

 令和元年12月22日、日本医師会館で開催された第1回日本地域包括ケア学会で田中滋理事長(慶応義塾大学名誉教授)は、理事長講演をこのように述べ締めくくった。

 つまり、超高齢多死社会のピークとなる 2040年に向け、高齢化は止められないが、これまで蓄積した地域包括ケアシステムの知見を活用し、まちづくり(多
元的な参加型社会構築) を実現させていく。そのことで、少子化に歯止めをかけていこうという趣旨である。

 「地域包括ケア」のイメージはこれまで高齢者が対象であった。しかし、今やその対象は、複雑・多様化する社会ニーズに対応するため、保育が必要な児童や幼児、支援と見守りが欠かせない障がい者、認知症・MCI(軽度認知障害)の方、外国生まれや外国籍の人等々、その範囲が広がってきている。

 田中理事長は、全国各地域の実情に応じた「まちづくり」として、“元気高齢者はもちろん、支援を必要とする方々も巻き込み、地域社会においてそれぞれが役割を担いながら、様々な仕掛けの構築に向けた努力がなされている。医療・介護・社会福祉・建築などの資格職にとどまらず、地元商店など商業やサービス業、鉄道やバス会社、金融機関、寺院や神社、さらには大学や高等学校などに働く人や学生が、自治体が黒子として、デザイン機能を発揮する体制に参加し、深化(進化)していく必要がある”と解説した。この包括的支援体制が構築されれば、安心してその圏域に住み続けることができる、魅力ある社会が構築できる筈だというのである。

日本地域包括ケア学会の設立

 日本地域包括ケア学会は、日本医師会をはじめ多くの医療・介護関係団体の代表者、学識経験者が発起人となって設立された。国民が安心して超高齢社会を迎えるため、幅広い関係者が力を合わせて地域の特性に応じた全世代・全対象型地域包括ケアシステムの構築をさらに推進することを目的としている。具体的にはこの学会を通じて、好事例の共有や地域包括ケアシステムの推進に向けて必要な取り組みを協議する。

かかりつけ医の社会的処方

 日本医師会では、かかりつけ医機能の充実・強化のため平成28年度から「日医かかりつけ医機能研修制度」を開始した。本会もこの制度に先立って立ち上げた「かかりつけ医制度」を活用し、協力して人材育成に努めている。実際に地域で実践していくためには、かかりつけ医個人々々の活動では限界があり、そのノウハウを全体で共有する場が必要である。

 初開催となった今回の学会では、「社会的処方のあり方」、「専門職連携教育(Interprofessional Education: IPE)」、「在宅医療連携拠点の進化」などをテーマにしたシンポジウムが開催され、全国の先進事例や研究報告が行われ、多くの示唆に富む取り組みが紹介された。

 特に注目したのは、イギリスにおける家庭医の社会的処方であった。シンポジストの佐々江龍一郎先生(NTT東日本関東病院、英国家庭医診療専門医)は、具体例として、COPDが増悪した老人の症例を紹介した。家庭医として介入した時は、元気なく、声も小さい。よく聞くと妻が他界したと言う。仕事も辞めた。定期薬も飲めていない。とにかく毎日が辛いという状況であった。家庭医として、カウンセリングを実施しながら、社会参加を促すため趣味(歴史愛好家)の歴史サークルを紹介し、このサークルがきっかけで友人ができ社会参加に繋がり、症状は改善し就職にもつながった。この事例において社会的処方は、歴史サークルの紹介であり、疾患ではなく「患者本人」にフォーカスし、支援先につないだことである。

 イギリスで家庭医を受診する患者は、この様に非医療的問題を20%は抱えていると言う。患者は様々な問題を抱え孤立していることが多い。我々かかりつけ医は、常日頃からこの孤立状態を支援する資源として、この地域にどの様なものがあるのか洗い出しておく必要がある。確かに、日本のかかりつけ医には、まだまだハードルが高いし、患者のニーズを引き出すかかりつけ医の能力や費用対効果などの課題もある。

 とは言っても、これからのかかりつけ医には、この様な社会的処方が求められる時代が来る。普段の診療で社会的処方が当たり前に行われるようになれば、地域包括ケアは大きく変わるであろう。

鹿児島県医師会の取り組み

 本会では、故鉾之原大助副会長の強いリーダーシップのもと平成25年度から「在宅医療提供体制推進事業」に取り組んできた。これは地域包括ケアシステムの一部であり、それを基盤として、7つの郡市医師会の中で在宅医療推進コーディネーターを養成してきた。現在も年に1回は、コーディネーター等の意見交換の場を設けているが、各地域で創意工夫を重ねながら取り組みを深化させている。

 令和2年2月20日に本会主催で開催した「在宅医療・介護連携推進講演会」で、肝付町役場の能勢佳子氏から肝付町の取り組みをご紹介いただいた。医療・介護資源が少なく高齢化が進む厳しい環境ではあるが、「ないもの探しではなく、支援者がつながることで壁を越える」とし、専門職の連携強化、住民力を活用した自助・互助へのアプローチを行い様々な「地域の居場所、地域づくり」に取り組まれていた。

 鹿児島県内でも多くの先進的な取り組み・好事例があるので、本会としても共有する場を設け、各地域の参考にしていただきたいと考えている。

おわりに

 本県において、子ども・高齢者・障がい者など全ての人々が 地域の暮らしのなかに希望と生きがいを共に創り、支え合うことができる「地域共生社会」の実現に向けた地域包括ケアネットワークの構築に向け、本会としても取り組みを推進していきたい。

 そして、自分自身もかかりつけ医として、小児科医として医療以外の制度やどのような団体がどの様な活動をしているのかなど、広く情報収集に努め、社会的処方が当たり前に出来るよう努力していこうと思う。