年頭所感
 
   コロナ禍で変わる地域医療構想 

   鹿児島県医師会長 池田哉  

          
はじめに

 「明けましておめでとう」と言葉にするのを戸惑うような状況のなかで、我々は新年を迎えることとなった。その原因は新型コロナウイルス感染症にある。コロナ禍は日常の生活を変えただけでなく、経済を停滞させた。さらに、医療機関は、医療の崩壊という波にまさに飲み込み込まれようとしている。医療の崩壊という意味は、患者対応のための資材・人材不足と疲弊、そして患者減少による経営破綻である。
 いつ終息するかわからないコロナとの闘いのなかで、今我々が最重点課題として取り組んでいる「地域医療構想」も大きな影響を受けることになった。この1年間の各地の調整会議は、その影響を受け、開催回数が減少し、活発な議論がなされていない状況である。

真に必要な医療機関とは

 地域医療構想は、高齢化が急速に進む2025年時点での医療需要を推計することで、地域における医療の在るべき姿を描きだすことを目的として、2014年から作成が始まった。2025年に必要となる病床数を急性期など医療機能ごとに推計し、病床の機能分化と連携を進め、効率的な医療提供体制を実現する取り組み、が厚労省の謳い文句だった。
 だが、真の狙いは、医療費の削減にある。2015年6月15日、政府は2025年時点での望ましい病院ベッド(病床)数に関する報告書を出した。そのなかで、鹿児島県は1万700床の削減を求められた。
 病床の削減が思うように進まない状況のなか、厚労省が打ち出したのが、全国1,455の公立病院、公的病院のうち、診療実績が乏しく、再編・統合の議論が必要と判断した424の病院名の公表で、唐突な発表だった。
 各調整会議のなかで、民間病院と公立・公的病院の役割分担などに関して協議をしている最中での発表は、その議論を壊すような行為だと、私は受け止めている。
 鹿児島県では8つの医療機関が名指しで公表された。しかし、今回のコロナ禍の中、これらの病院はその地域で、コロナ対応病院として大きな役割を担うこととなった。
 果たして、公立病院の存在意義はどこにあるのだろうか。山間僻地・離島における一般医療の提供、救急・小児・周産期・災害・精神など不採算業務に関わる医療の提供といった、地域医療構想における役割は消えてしまったのか。いや、その役割は非常に重要で、公的病院は経営のためだけで、地域の民間病院と競合すべきではない。そのためにも、国は公的病院に思い切った支援が必要だ。今一度原点に立ち返って、地域医療は何を目的に、誰のためにやるのかを調整会議の参加者全員で共有することが必要ではないか。

重要性増す、かかりつけ医

 このような状況のなかで、コロナ感染に対応する、かかりつけ医の重要性が一層増している。
 鹿児島県は新型コロナとインフルエンザの両ウイルスの同時流行に備えた受診・相談体制を11月から変更した。その結果、かかりつけ医などの医療機関が保健所を通さず、発熱患者の診療と、抗原検査やPCR検査を実施するようになった。
 県は全医療機関に対して意向調査を実施、希望した県内795の医療機関すべてを指定した。非常に短い期間であったにもかかわらず、多くの医療機関がその趣旨に賛同し、体制は準備できたと考えている。このことは、地域医療を守る上でも大きな成果であったと言えるのではないだろうか。
 鹿児島県医師会は、平成26年度に全国に先駆けて認定かかりつけ制度を創設した。これまでにこの研修を1,390人の会員が受講した。今回の呼びかけに多くの医療機関が理解を示してくれたのは、この制度創設も大きなきっかけになったと思う。

むずかしい機能転換や連携

 地域医療構想の最大のポイントは、少子高齢化に伴って、それにふさわしい病床機能の再編を目指すところにある。高齢者の増加により、求められる医療の内容が変わってくるからだ。
 県行政は、県内に8つの地域医療構想調整会議を設置して、機能分化と連携の論議を始めた。だが、病院の機能を急激に変えるのは大変難しく、また連携にしても、相手のあることでそう簡単にはいかない。加えて、民間の場合、自院の将来像を描いたうえでの機能転換ということになり、決断には時間がかかる。地域により医療資源や、医療体制に違いがある現状では、一律に議論することに無理があるとも言える。
 今できることは、各医療機関の機能のさらなる見える化を図り、そのことで連携の流れをスムーズにしていくことだ。各医療機関の役割分担が進むことで、その地域の医療提供体制が徐々に整っていくものと思う。
 さらに、これからは、かかりつけ医を中心とした地域医療ネットワークの構築が鍵になってくる。医療資源が限られるなか、地域の医師会を中心としたかかりつけ医のグループ化が必要になってくるだろう。グループ化は在宅医療充実のためにも極めて重要で、連携が進めば、機器の共有や空床の活用なども期待できる。医療の質が高く、地域で信頼されるかかりつけ医を誕生させるために、今後も努力を続けたい。

おわりに

 中国・戦国時代の思想家である荘子の著書とされる文献「荘子」には、目、鼻、耳、口の七孔が無い帝として、渾沌王が登場する。渾沌王は世界の中心にいた。南海の帝と北海の帝は、時々渾沌王の土地で会い、手厚くもてなされた。渾沌王の恩に報いるため、渾沌王の顔に七孔をあけたところ、渾沌王は死んでしまったという(『荘子』内篇應帝王篇、第七)。転じて、物事に対して無理に道理をつけることを「渾沌に目口(目鼻)を空ける」と言う。
 渾沌王が死んでしまったように、国の決めた枠組みを地域医療に無理矢理押し付けることで、地域の医療が崩壊してしまっては、本末転倒である。